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貸切バス 手数料の支払いで下限運賃を割り込んだらどーする?(原価計算の話)(1)

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現在いろいろと話題になっている貸切バスワードの中に、『手数料』と『下限運賃』があります。
手数料が適正であるかどうかを見定めるためには、原価計算が欠かせません。

原価計算は行政書士さんにも覚えて欲しい

原価計算は業種によってそれぞれ適した手法があり、一つの技法をすべての業種で使いまわすことはできません。
ラーメン屋さんなどの飲食業には飲食業独特の原価計算方法があり、私が昔いた廃棄物業界には廃棄物業界に特化した原価の計算方法があります。
 
今回は少し大きなテーマとして、貸切バス事業の原価計算について、わかりやすく解説していきたいと思います。
少しむずかしいテーマでもありますので、回数を分けて、ゆっくりと書いていきますので、気軽に読み進めて下さい。

当社のホームページの特徴の一つに、行政書士さんの来訪が多いことが挙げられます。
貸切バスに特化した行政書士が少ないため、業務の知識の補充に使っていただいているようです。
 
『自分が以前そうであったからよくわかる』のですが、往々にして行政書士さんは数字(財務)が苦手です。
私は中小企業診断士の受験勉強してから、数字(財務)が得意になりましたが、実は貸切バスの更新申請には、財務の知識が欠かせません。
 
今回の記事では、あまり財務が得意でない行政書士さんにもよくわかるように、かなりかみ砕いて原価計算についてご説明いたします。
当社の記事で得た知識を、ご自身の担当するお客さま(貸切バス事業者)のために使えるようにして下さい。

手数料を払う事業者と払わない事業者

まず、大前提として、貸切バス事業における手数料の意味合いについて復習しておきましょう。
なぜなら、この点が理解できていないと、いくら原価計算をやってもそれをうまく経営判断につなげることができないからです。

貸切バス事業者が支払う手数料は、旅行会社などのエージェントに対するものがほとんどです。
では、なぜ手数料を支払うかというと、仕事をあっせん(紹介)してもらえるからです。
 
逆に、手数料を一切払ったことがない、という貸切バス事業者も存在します。
そういった事業者はロケバス業界に多いのですが、その理由は簡単です。
ロケバスは芸能プロダクションや番組制作会社から直接依頼される場合が多く、エージェントが必要のない業界だからです。

 

手数料は他社に営業をしてもらった対価

観光バスの世界でも、営業部があったり、自社で旅行会社を持っているような会社であれば、ひょっとするとエージェントの力を借りなくても、配車表をいっぱいすることができるかも?しれません。
しかし、多くの貸切バス事業者は、営業力を自前で持たない経営形態になっていますから、どうしても旅行会社などのエージェントに仕事の手配(営業力)を依存する形になります。

自分でできないことをだれかにやってもらったときに、その行為に対して対価を支払うことは至極当然のことです。
 
エージェントに支払う手数料=自社で負担するべき営業に関する費用
 
つまり、手数料は、財務諸表の販売管理費の中でいろいろな項目に仕訳けられる営業関連の費用(営業マンの人件費、交際費、福利厚生費などいろいろ)が形を変えたものと言えるのです。

 

具体例で考えてみましょう

手数料は、自社で負担すべき営業に関する費用が形を変えたものです。
ですから、本来であればどのような額を支払っていようと、行政を含めた他者から文句を言われる性質のものではありません。
※『オタクは利益も出てないくせに、営業マンが二人もいてけしからん。』と言われたら、どんな経営者でも腹が立ちますね。
 
では、なぜ手数料だけが悪役で、営業に関する費用はおとがめなしになっているのでしょうか?
具体的な例を挙げて検証してみましょう。

たとえば、貸切バス事業者A観光とB交通があったとしましょう。
【A観光】
営業マンは不在。
仕事は100%エージェントに持ってきてもらう。
昨年度の経常利益は120万円。
【B交通】
営業マン2名体制。
エージェントは一切利用しない。
昨年度は経常損失(つまり赤字)。

 
どちらの会社にも『近くの小学校がお客さまの遠足の仕事』が入ってきました。
A観光はエージェント経由で、運賃は下限ギリギリです。
B観光は自前の営業マンがとってきた仕事ですが、これも運賃は下限ギリギリです。

両社に一般監査が入った!

A観光は下限ギリギリの運賃で運行した上に、エージェントに手数料15%を支払いましたから、運送引受書上は最初から下限割れの状態です。
B交通も同じ条件ですが、B交通はエージェントを通していませんから、運送引受書上の問題は生じていません。

タイミング悪く、どちらの会社にも立て続けに一般監査が入ったとしましょう。
B交通の方は、他の書類についてはわかりませんが、先ほどの運行引受書には問題がありません。
つまり、ノーペナルティです。
 
しかし、A観光はどうでしょう?
A観光の運送引受書は、運賃が下限ギリギリで、手数料15%をエージェントに支払っているので、手元に入る運賃は下限を割った金額になります。
 
ここで巷で流れるいろいろな噂の登場になるわけです。

 

手数料で下限を割ると審査対象になる

この4月から手数料が20%を超えると、即40日車がくるらしい・・・
手数料を払って下限を割ると、即60日車がくるらしい・・・
 
色々な噂が聞こえてきますが、そのほとんどはウソです。

A観光は一般監査で、手数料15%を支払ったことが原因で下限運賃を割った引受書が見つかりました。
この場合、監査担当者がA観光の担当者に告げるセリフは以下のとおりです。
『この引受書に書かれた業務は、手数料を支払ったことが原因で下限割れになっていますので、審査の対象になります。ご協力ください。』
 
つまり、即違反になるのではなく、審査の対象になるということなのです。
そして、その審査というのが、原価計算から導き出される適切な手数料の範囲を超えて手数料を支払っていないかどうか、を目的にしたものなのです。

 

運賃又は料金の割戻しの禁止違反

A観光が支払っている15%の手数料が過大だと判断された場合、A観光に課せられる罰則は『運賃又は料金の割戻しの禁止違反』です。
下限を下回ったことが問題なのではなく、言ってみれば『分不相応な手数料』を支払った行為が、あたかもお客さまに運賃をバックしたような形に見えることから違反を取られたわけです。

この記事をお読みなって、『なんとなくB交通の方がずるい』ような感じを持たれたとしたら、この話がよく理解できている証拠です。
 
B交通は自前で営業マンを2名抱えていて、経常赤字の状態です。(一方のA観光は、ちゃんと利益を上げています。)
つまり会社の安全性(安全に関する投資もしやすい状況と意味)からいうと、A観光の上です。
 
さきほどの、小学校の遠足の仕事を思い出してください。
A観光はエージェントからこの仕事を手配してもらいましたが、B交通は営業マンが仕事をとってきました。
B交通の営業マンは、この仕事をとるために、何回小学校に営業に行ったことでしょうか?
営業マンの給与や営業車のガソリン代はどこから出たのでしょうか?

 

営業経費が20%かかっていたら?

B交通の営業マンの経費(給与や営業車の維持費用)を、この仕事をとるためにかかった時間で按分して計算したとします。
この経費がたとえば、小学校から支払われた下限ギリギリの運賃の20%だったとしたらどうでしょうか?

A観光はエージェントへの15%の手数料の是非をめぐって審査にかけられています。
かたや、B交通はこの仕事のために20%の営業コストがかかったのにも関わらず、何のお咎めもありません。
しかも、全体の業績そのものは、A観光がB交通よりも圧倒的に良好です。
つまり、安全に対して適切な投資をすることができる可能性はA交通の上だと考えられるのです。
 
ちょっと不公平な感じがしませんか?

 

手数料は自浄作用が働きにくい

これまで見てきた例は、少し極端なものです。
とは言え、営業マンのいない代わりに手数料を払っているA観光の方が損をしている感じがしますが、どうでしょう?
 
その答えとして、手数料はどうしてこのように厳しく処遇されるのか、お話ししておきます。

安全な運行のためにはお金が必要です。
車両や機材は定期的に新しくしなければなりませんし、乗務員さんの管理(教育、健康診断、適性診断)にもお金が必要です。
 
『できるだけ適正な運賃を受け取ってもらって、安全に係るコストを適正に捻出してもらいたい』、というのが行政の願いであり指導方針です。
だからこそ、運賃に下限を定め、それを割り込むような契約を禁じているわけです。

 
では、B交通のような『営業コストに隠れた実質的な下限割れ』はどうして取り締まらないのか。
そんな声も聞こえてきそうです。

営業経費というのは、財務諸表の中にすっぽりと隠れてしまいます。
そんな性質を持っているわけですから、営業経費については強い自浄作用が働きます。
自浄作用と言うのは、『他人からいろいろ言われなくても自分でちゃんと管理できる機能』のことです。
 
営業マンはコストを無視して仕事をとってくることはできませんし、いつまでも仕事を取ってこれない営業マンは、乗務員への転身か、転職を薦められるでしょう。
また、営業に係る経費は『完璧な固定費』(どんなに暇な時期でも同じようにかかる)になりますから、会社としても心理的な負担が大きく、この点から強い自浄作用が働くわけです。
※固定費については、変動費と合わせて、次回じっくりご説明します。
 
つまり、自浄作用が十分に働くので、営業経費については行政指導の対象とならないわけです。
※実際には、更新申請で経営状態のチェックを受けますから、チェックをまるで受けないわけではありません。
 
対して、手数料というのは、『完全な変動費』です。
暇なときには一銭もかからず、忙しいときだけ支払えばいいので、営業マンの給与に比べて実質的、心理的負担をかなり低くすることができます。
 
端的に言うと、『エージェントに支払う手数料は、経営者の経営判断を極端に鈍くする魔法が含まれている』と言えます。
なぜなら、営業経費(営業マンの給与など)であれば、売上の40%なんて絶対にかけないのに、手数料だと仕事欲しさに簡単にその壁を乗り越えてしまうのはなぜでしょう?
自浄作用がうまく働かない経費、それがこの手数料という費用なのです。

 
どうですか?
手数料の意味合い(問題点)についての理解は進みましたか?
 
次回は、メインディッシュの原価計算に先立ち、損益計算書の読み方を解説いたします。
 

【中小企業診断士/行政書士 高原伸彰】